藤原 恵津子

過去を癒すと未来が変わる

2022/5/23配信


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皆様 こんにちは
可能性開花トレーナー藤原恵津子です。


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GWはいかが過ごされましたか?


私は1か月ぶりに明石に帰ってきて、オフィスに滞在していました。


息子も勤務先から帰ってきて楽しく過ごせました。


 


と書きたかったのですが、


 


実は、かなり険悪なムードになってしまいました。


 


ちょっと特殊な仕事についていて、

もう会えないと覚悟を決めていたので、

帰ってくると分かった時はとてもうれしくて、

どうしてあげようか、あれも食べさせてあげたい、


これも食べさせてあげたい、


ゆっくりと疲れを癒してくれたらとか、


そういうことばかり考えていました。


 


ところが、そういう私の態度がめちゃくちゃウザかったようで、


 


「やめてくれ」


「ほっといてほしい」


 


とめっちゃ嫌がられました。


 


「自己満足の愛情はいらん!」と


 


 


自立心のかなーり強い子なので、最後の2日間は、ご飯を作ることもしませんでした。


 


 


さて、今日、私がどうしてこのことを書いたのかというと、


今回のことで、まだ癒されていなかった自分自身の心の傷に気づいたからです。


 


この記事が、皆さんの何か参考になればと。


 



下に続く↓






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私の母は、かなりさっぱりした気性で、割り切りがよくドライ。


子ども心にとても寂しい思いをしました。


 


学校で嫌なことがあっても、一緒に考えてくれたり、心配してくれた記憶がありません。


(大人になってからは、母なりの心配をしてくれていたのはわかりましたが、こどもの私には全く通じていませんでした)


 


それにプラスして、身体の弱かった妹に対しては、全く違う態度で、私がこうしてほしいと思うような接し方でした。


 


ずっとずっと寂しかったのです


 


私は今離婚して一人なのですが、元夫も共感性が全くなく、いわゆるカサンドラ症候群になって何年もの間かなりひどくつらい日常を過ごしていました。


 


こういった経験が癒されていないと、自分の子供にそれを投影してしまうことが多々あります。


 


結果、目の前の子供は、自分とは別人なので、それを望んでいるかどうかということを考えず、自分がしてほしくてもしてもらえなかったことを、してあげたくなるのです。


 


息子は、人一倍自立心がつよく、構われるのを嫌います。


 


過酷な仕事なので、たまのお休みで返ってきたときぐらいゆっくりさせてあげたいと、息子の気持ちを考えず、自分が昔、欲しかった愛情表現を息子にしてしまったというわけなのです。


これを投影といいます


 


息子と私は別人で、望んでいることは全く違うにもかかわらず。


 


簡単に言うと、かまってちゃんだった私が、自分がかまってほしかったように子供を構ってあげたかった、


自分が欲しかったものを与えることで相手が喜ぶと思ったということです。


 


結果、先に書いた通りめっちゃくちゃうざがられました。


 


息子に過去の自分を投影してしまったということは、まだまだ心の傷を癒し切れていなかったとも言えます。


 


大人になって親の立場を知ることで、理解が深まり十分癒されていたと思っていたのですけどね。


 


あるいはカサンドラで苦しんだときの傷なのかもしれません。


 


いずれにせよ、投影してしまっていた自分に気づくことができました。


 


自分を癒し過去を許せるようになると、本当の息子(子供)からの愛が見えてきます。


 


感性の鋭い息子は、それは私の本当の姿ではないと感じたのでしょう。


 


最後の二日間は、ほおっておいたので、好きに過ごしていました。


 


GWの最終日、彼は赴任先に戻っていきました。


 


これは末の息子の話です。


彼は、私の人生の節目節目に大きな役割を持ってきてくれていました。


 


自分らしい人生を生きられていない状況に陥った時には、必ず私をその状況から引っ張り出してくれるポジションを担っていました。


 


もちろん本人はそんなことを意図をもってやっていたわけではありません。無意識です。


 


もう遠分会えないと思いますが、それは、彼の私に対してのそのポジションが一段落ついたということなのかもしれないなと。


 


それは同時に、何のしがらみもなく自由に自分の人生を謳歌できる現実が目の前にあるということなのかもしれません。


 


ということで、引き続き、ノマド生活を送っています。


 


人生、何をもって幸せだと感じるかは人それぞれですね。


 


「お母さんのご飯を食べて育ったから、ほかの人がまずいという勤務先のご飯がめっちゃおいしく感じるわ。ありがとう」


とお礼を言われました。


 


あっそーですか(^^;