百武佑兼

【my way】菩薩その5 自由は発想は交流から生まれる

2020/8/26配信


皆様


 


こんばんは


百ちゃんです。



 


だいたい僕はメルマガを書くとき


僕の部屋兼物置になっている部屋で


ポチポチやっているのですが


 


 


その部屋についてる


エアコンが古いせいか


 


 


室温25℃に設定すると


汗までかかないけど暑いな〜と思うくらいの


体感温度になっちゃいます。


 


 


だからと言って24℃にすると


海外に向かう飛行機の中かな?


 


 


と思うくらいにガンガンに部屋が冷えて


寒くなっちゃって


 


 


とりあえずスイッチを切る


みたいなことを毎日繰り返しています。


 


いや毎時間か^^;


 


 


そんなとりとめのない話をしつつ


今日はまず、前回の振り返りから


スタートしようと思います。


__________________ 


前回の振り返り・・・


 


 


お釈迦様の死後


仏教はお寺に引きこもって


自分たちの修行だけを追い求めて


 


 


大衆に仏教の教えを説いて回ることを


しなくなっていた。


 


 


紀元0年ごろ


インドで疫病、天変地異、戦争が


立て続けに起こり


 


 


人々は仏教の教えを聞きたいと


願うようになってたが


 


 


相変わらず仏教はお寺にこもり


自分たちの研究にしか興味がなかった。


 


 


そこで仏教を求める大衆の求めに応じて



仏塔と呼ばれる仏教の記念碑の周りで


路上ライブをして勝手な教えを広めていた。


 


__________________


 


その人気ぶりを聞きつけて


「ちょっと僕も混ぜてくれない?」


 


 



 


 


と言ってきた人たちがいました。


それがもともと僧侶をやっていたけど


何らかの理由でやめていた僧侶です。


 


 


彼らは集団に馴染めなかったり


これまでの仏教教団にはマッチしない


 


 


奇抜な思想を主張したがゆえに追い出された


はみ出し者たちで


 


 


彼らが加わったことで


ようやく仏教の教えがもたらされ


 


 


救われたい大衆と仏教の教えがスパークし


新しい仏教の思想が誕生しました


それが菩薩なのです。


 


 


というわけでやっとこさ


菩薩にたどり着くことができました!


 


 


菩薩というのは


簡単に言うと新しく誕生した


大乗仏教の修行者のことです。


 


 


彼らはそれまでの自分の修行にしか


興味がない小乗仏教の僧侶とは一線を画した


新たな仏教のあり方を提示します。


 


 


そのあり方は次回のメルマガで!


 


 


今日のポイント


・左遷されても腐らずいるとメインストリームにおどり出る。


・積極的に外と交流することで新しいものが生まれる



 


 



 



  

 


 



 



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