「隠居さん、こんちは」
「おお、八っつあん、どうした？」
「ちょっと困ったことがありまして・・・」

娘が最近百人一首に凝っている。在原業平（ありわらのなりひら）の「千早ぶる神代もきかず龍田川からくれないに水くくるとは」の意味を教えてと問われたが、分からないと言えず、物知りの隠居さんに聞きに来たという。

隠居も本当はよく分からないが、
「『千早ふる神代もきかず』とくれば『龍田川』だな、『からくれないに』となると、自然自然に『水くぐるとは』になる、分かるか？」
「さっぱり、分からねえ」

ここから隠居の妄想が炸裂！

龍田川は川のことではなく、実は相撲（すもう）取りの名前。
田舎から出てきて相撲一筋、女断ちして大関にまで出世した。
それが、ある日、贔屓（ひいき）に連れられ吉原に夜桜見物、花魁（おいらん）道中で見た千早太夫（ちはやだゆう）に一目惚れしてしまった。

早速、茶屋に上がって話を通すが、千早は龍田川を見た途端に生理的に受け入れられないと感じ、「私は相撲取りは嫌でありんす」と振ってしまう。
代わりに妹太夫の神代太夫（かみよたゆう）を相手にしようとするが、これまた「姉さんが嫌なものは、わちきも嫌でありんす」と断わられる。

相撲取りにつくづく嫌気がさした龍田川は、廃業して故郷の田舎に帰って豆腐屋になった。

「ちょっと、隠居さん、おかしいよ。大関がいきなり豆腐屋なんて」
「おかしくない！実家が豆腐屋だったんだ」

家業に励んで親孝行し早五年。龍田川が豆を挽いていると、ボロをまとった女の物乞いがやって来て、おからを恵んでくれという。

気の毒に思っておからを差し出しすと、なんと千早太夫のなれの果て。
「大関にまでなった相撲をやめて、田舎で豆腐屋をしているのは、もとはといえばおまえのせいだ。おからはやれない」
「ください」
「やれない」
と言いあっている拍子に龍田川が千早の体をちょっと突いた。千早は井戸まで吹っ飛んだ。世をはかなんだ千早は井戸に身を投げてお陀仏となった。

「可哀そうにねえ。で、この話は何なんですか？」
「おいおい、ちゃんと聞かなきゃいけないよ。これは業平公の歌の意味だ」
「あれー、あの歌ですか？うっかり聞いちゃった。でもどうして？」

隠居は得意げに語る。
始めに千早に振られたから「千早ふる」、妹太夫の神代も言うことを聞かなかったから、「神代も聞かず龍田川」となる。おからをやらなかったから、おからくれない「からくれないに」となる。

「水くぐるってえのは？」
「井戸へ落れば、水をくぐるじゃないか」
「じゃ、最後の”とは”てぇのは？」
「”とは”ぐらい負けておけ」
「いーえ、負けられません、”とは”の意味は？」

「うーん、後でよ～く調べたら”とは”というのは千早の本名だった」