百武佑兼

【my way】やっと、だまされずにすみました。

2020/6/ 4配信


皆様


 


こんばんは!


ひゃくちゃんです。



 


おひさしぶりにございます。


8日ぶりにキーボードに向かって


こうしてメルマガを書いてます。


 


 


この8日間


何をやってたかというと


 


 


 


痛風になって


寝込んでましたww


 


 


 


初めてなったんですけど


まあ痛いのなんのって


 


 


 


夜、一睡も


できないレベルでしたよ。


 


 


 


その詳細を書いた


痛風ドキュメンタリーは


 


 


 


そのうちメルマガで公開するので


楽しみに待っていてください。


 


 


 


今日は痛風中に


考えていた事を


書いていこうと思います。


 


_____________ 


 


痛風になったのは


右足親指の第一関節で


 


 


久々にウォーキングした翌日


朝、起きると


 


 


親指に捻挫したような


痛みがありました。


 


 


じきに治るかなと思って


病院にもいかず


放っておいたのですが


 


 


そしたら、だんだんと


痛みがひどくなっていき


 


 


3日後には


金属の棒でべしべし


 


 


叩かれているかレベルの


痛みになりました!


 


  


まださほど痛くない


痛みが発症した日の夜。


 


 


蒸し暑い部屋の中で


扇風機を回しながら


 


 


親指を保冷剤で


冷やしながら 


 


 


どうしてこんなに


痛いんだろう?


 


 


骨折?突き指?と


痛みの原因を


考えていたところ


 


 


とある禅の話を


思い出しました。


 


____________


 


 


唐時代の中国に


師備(しび)という


お坊さんがいました。


 


 


師備は修行しても一向に


さとりというものが


なんなのか見えてこないので


 


 


修行している山を降りて


色々な人に


 


 


さとりとは何か


仏教とは何かということを


聞いて回ろうと考えました。


 


 


お師匠さんに「出かけて来ます。」


と一言、挨拶して


 


 


小さめのリュックに


着替えと文房具を入れて


 


 


どんな人に出会えるかな


どんな事が聞けるかな


 


 


そんなことを考えながら


ウキウキしながら出発しました。


 


 


そんな師備でしたが


山を降り始めてわずか


数100m歩いたところで


 


 


カチーンっと


石に親指をぶつけて


 


 


思わず


 


 


「痛ったー!」


 


と大絶叫してしまいます。


 


 


 


見てみると爪が割れそこから


血が流れ出ていました。


 


 


そんな痛い最中に師備は 


「この体は借り物で


 本当にあるわけではないのに


 この痛みはどこから来るんだ。」


 と思いました。


 


 


 


禅坊主なら


本来ここで座禅して


心を落ち着けて


 


 


痛さに動揺した心を


落ち着けるくらい


出来るはずなのに


 


 


しかし、師備はあまりの痛さに


心を落ち着けることができず


 


 


痛さの中、転げ回ること以外


できなかったのです。


 


 


ここで師備はこれまでの


修行(実践)の足りなさに


気づき反省して


 


 


降りかけていた山を


引き返して行きました。


 


 


山に戻ると


戻ってきた師備に対して


 


 


下山のことを知っていた


お師匠さんは


 


 


「さっき、出かけた


 ばかりなのにもう戻ってきたの?」


と師備に尋ねました。


 


 


おそらく


それまで山にいた師備とは


雰囲気もデコの輝きも


全く違っていたに違いない。


 


 


何か掴んだな。


 


 


お師匠さんはそこまで


見抜いて師備にこの言葉を


投げかけたのだろうと思います。


 


 


それに対して師備は


「やっと、だまされずにすみました。」


 


 


間髪入れずに


一言、こう言い放ちました。


 


 


するとお師匠さん


「頭陀袋(リュックサック)


 まで用意してどうして


 旅に出ないのだ。」


 


 


師備はこれに


「達磨は中国へは来ませんでした。


 二祖はインドへ行きませんでした。」


 と答え。


 


 


お師匠さんは


「この言葉、誰でも知っているが


 誰がこのこの言葉を言えるだろうか」と


いって大変に師備を褒めました。


 


 


最後が独特の表現で


わかりにくいので


ちょっと解説すると


 


 


「頭陀袋まで用意してどうして


 旅に出ないのだ。」


 


 


これは師匠が師備に対して


以下のように投げかけたと


理解できます。


 


 


「仏のこと修行のこと


 色々と知識をつけようと思って


 


 山を下ろうと決めたのに


 どうしてやめたのか?」


 


 


それに対して師備が答えは


下記だったわけです。


 


 


「達磨は中国へは来ませんでした。


 二祖はインドへ行きませんでした。」


 


 


しかし、禅宗の


開祖である達磨は


 


 


インドからシルクロードを


通って中国にやって来た人なので


 


 


ここには大きな


矛盾があるのです。


 


 


どうして矛盾したことを


師備は言ったのか


 


 


グッと縮めて簡略にいうと


  達磨は経文を伝えに


 


 


インドから中国へ


やって来たわけではなく


 


 


経典には書かれていない


お釈迦様から直に弟子の心に


 


 


伝えられて来た法を伝えに


中国へとやって来たのです。


 


 


達磨はインドから


仏教を伝えに来たのではなく


仏の心を伝えに来たのです。


 


 


そういう意味で


「達磨は中国へは来ませんでした。」


という文章は


 


 


「達磨は中国へ仏教を広めには


 来ませんでした。」


 


 


こう考えるとわかりやすいのでは


ないでしょうか。


 


 


そして次に


 「二祖はインドへ行きませんでした。」


と続きます。 


 


 


二祖とは


達磨の後を継いだ


 


 


禅宗の第二代目


慧可のことを言います。


 


 


慧可は達磨に出会って


釈迦から続くお経には


 


 


解かれていないものを


直に受け継いだ人なので


 


 


そもそもインドに行く必要が


ありませんでした。


 


 


慧可はインドに行かずして


修行してさとりに至ることが


できたので


 


 


そんな禅の系譜にある師備が


あちこち回って知識をつけて


回る必要は全くなかったのです。


 


 


師備の


「達磨は中国へは来ませんでした。


 二祖はインドへ行きませんでした。」


 


という二言には


 


俺が取り組むべきは


どうやったら”さとる”事が


できるのか聞いて回ることじゃない。


 


 


腰を据えて徹底して


修行に励み自己と向き合う事だ。


 


 


という修行(実践)に対する


 並々ならぬ決意が


込められていたのです。


 


_____________ 


 


というわけで


めっちゃ長くなったので


 


僕の気づきは次回に


したいと思います!


 


 


最後までお付き合いいただき


ありがとうございました。 


 


 


 


 


 


 



 


 


 



  

 


 



 



 



グループ予約のご案内


 




 


 



 


ご予約はこちらから ▶


 



 


 


 


バックナンバーを読む ▶


 


配信停止ご希望の方はお手数ではございますが https://resast.jp/page/ss/ から解除をおねがいいたします。


メールアドレスを変更される方はお手数ですが、このメールに返信のうえ、新しいアドレスをお教えください。


 









 


 



Copyright (c) 2010-2018 Cloudlink, Inc. All Rights Reserved.
Powered by リザーブストック