ろっぺん(鈴木 智子)

【響奏コトダマ】いのちを抱きしめて

2020/4/ 9配信




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皆様  


 


Resonate your LIFE!


いのち響かせ、天命・天職で響奏しよう


天命ストーリーライターろっぺん です。


 



  「金星と宇宙人たち」 


 


だそうです。


 


週末、


プレアデス星団と金星が接近してる時


描いてたので、


https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/11140_ph200404


 


 


交信してるんじゃねーか?!


 


 


と思ったろっぺんです。


 


 


昨日は起きがけに


 


「ママは、


 こっちゃんのたからものだよ」


 


といわれまして。


 


 


どっちが


マザーなのだろうと


感じる日々でございます(笑)


 


 


さて、


今日書こうとしている話は、


どこにも書いたことが


ありません。


 


 


アナログ好きな私ですが、


ノートにも書き出したことが


ない気がする・・・


というか、


 


どこかに書いたかも


しれないけれど


覚えていません。


 


 


2017年の3月のこと


なので、およそ3年前。


 


 


娘が身を呈して


伝えてくれたのだろうかと


思うと、


今も胸が疼くし


 


どう言葉にできるのか


わからない、


 


というよりも、


 


どこかに残すことを


怖れている私も


いました。


 


 


でも、この数日


たびたび思い出したのが


この時のこと。


 


 


ずっと書こうとして


こなかったことを、


 


 


どこに向かうのか


わからないまま綴るのは


やはり怖いものです。


 


 


着地が見えてから


届けた方が


良いのではないかと


なんども頭をよぎりましたが、


 


 


正直今日の私と


明日の私が明らかに


違うのに、


 


 


文章だけが、


ことばだけが


 


結論や着地を求めて


変わるまいと


しがみつき続けてるなんて


 


おかしいやん。


 


と違和感を感じた


今日この頃(笑)


 


 


着地や美しい結末を


追求すれば


もちろん言葉は洗練されて


いくかもしれません。


 


 


そうやって


葬ったことばの土壌の上に


芽吹き、花を咲かせる


本物もあるでしょう。


 


そういう書き方も


否定はしません。


 


 


でも、葬られていく


あまたのことばに


誰かのこころを


照らす言葉も


あるかもしれませんし、


 


わたしはそういう雑多な


走り書きのようなものも


大好きです(笑)


 


 


これだけ毎日変動の嵐が


吹き荒れていて、


数日後か数ヶ月後か、


数年後かに書き上げる


美しい結末!!


 


 


が、誰かに役に立つかどうかも


正直、わかりません。


 


 


むしろ変容し続ける


ことばの自然に


生きていたい。


 


 


無責任に発するのでは


なく、変わり続ける


ことばに責任をもちながら。


 


変容する力を勇気付ける


言葉があってもいいんじゃ


ないかと思います。


 


 


結論や着地が訪れるのを


待つことなく、


書いたそばから


変わる勇気を持ってみる。


 


 


そういう感覚が


私の中に起きていることも、


数日前の私と


もはや違っていまして(笑)


 


 


あえて、今の私が


書きたいことを


ひと思いに綴ってみようと


思います。


 


 


あ、多分長いです(笑)


 


 


  


いのちを抱きしめて


 


育休からの復帰を

 

目前に控えた3月。

 

 

 

 

おっぱい大好き星人の

 

娘がおっぱいを欲しがらない。

 

 

 

身体がちょっと

 

熱い。

 

 

 

おかしい・・・

 

 

 

そう思った途端、

 

娘は白目をむいて

 

ガクガクと

 

痙攣しだした。

 

 

 

 

熱性けいれん。

 

 

 

ふつうは15分以内で

 

おさまるといわれている。

 

 

 

でも、尋常じゃない

 

震え方をしている娘を

 

目の前にして

 

とても15分もひとりで

 

落ち着いて見ていられる気が

 

しなかった。

 

 

 

控えていた

 

小児救急に電話をかけ

 

様子を報告しながら

 

指示を仰ぐ。

 

 

 

 

15分たっても

 

娘の痙攣は

 

一向に収まらず、

 

 

 

家の前に救急車が到着する。

 

 

 

救急隊員が処置をし

 

娘の名前を何度叫んでも

 

反応はなく、

 

痙攣は収まらない。

 

 

 

 

そのまま大学病院へ

 

搬送された。

 

 

 

 

病院に着き、

 

娘はベッドにうつされ

 

そのまま奥の部屋へと

 

運ばれていった。

 

 

 

 

 


娘がどうなっているのか

 

わからない状況で 


 

旦那さんに電話したが、

 

「熱性けいれん」だけでは

 

深刻さがなかなか

 

伝わらなかった。

 

 

 

 

 


わたしは薄暗い

 

廊下のベンチで

 

ただ待つしかなく、

 



 

 

 

どれだけ経ったのか、

 

途方もなく長く感じた。

 


 

 

 

医師がやってきた。

 

 

 

 

娘の痙攣はなかなか

 

おさまらず、

 

2つめの薬を

 

投与してようやく

 

落ち着いたと聞いた。

 

 

 

 

「聞いた」と

 

書いているのは、

 

その時すぐに娘と

 

再会できたわけでは

 

なかったからだった。

 

 

 

 


入院の手続きを

 

したいと説明を受け、

 

別室で医師から

 

説明を受けることになった。

 

 


 

 

30分以上続くけいれんは

 

複雑型とされていて、

 

原因が何であるかの

 

特定が難しいという。

 

 

 

病院についてからも

 

熱が上がっていて、

 

インフルエンザが疑われるので

 

その検査もしているとの

 

ことだった。

 

 

 

 

医師は出たり入ったり

 

看護師も出入りしながら

 

飛び飛びで説明を受ける。

 

 

 

 


しばらくして、

 

A型インフルエンザ

 

であることが確認され、

 

今回のけいれんで


 

想定される最悪のケースは

 

インフルエンザ脳症だと

 

説明された。

 

 

 

 

でも今時点で診断は

 

できないという。

   

 

 

最悪のケースを想定し

 

その進行を抑えるために

 

低体温療法*を行いたい

 

という説明を受けた。

 

(*体温を下げて、脳代謝を遅らせるための処置)

 

 

 

 

でも、低体温療法も

 

「効果がある可能性がある」

 

といわれているにすぎず、

 

「絶対効果がある」とは

 

言えない、

 

とのことだった。

 

 

 

 

判断を迫られるも

 

「どうして良いかわからない」

 

が本音だ。

 

  


 


娘の異変に

 

もっと早く気づいていたら、

 

こんな事態に

 

ならなかったのではと

 

悔いても、

 

 

 

後悔している時間も、

 

旦那さんが病院に来るのを

 

待つ時間もなかった。



 


 

 


脳症でない可能性だって

 

もちろんあるが、

  

でも、その診断は

 

すぐに下せない上、

 

脳症の場合は

 

一刻を争う。

 

 

 

そのリスクの重さを思うと

 

脳症でない可能性にかけるのは

 

無謀に思えた。

 

 


 

 


これ以上、最悪の事態に

 

対応していなかったことを

 

後悔したくはないと、

  

低体温療法の処置を施す

 

決断をした。

 

 


 

低体温療法について

 


医師は丁寧にひとつづつ

 

説明してくれていた。



 

 

 

それでも、この処置で

 

娘がどうなるのかは、

 

私の想像の範疇を

 

はるかに超えていた。


 

 

  

それがわかるのは、

 

集中治療室で眠る

 



娘と再会してからだった。





 

 

 

 

 

娘はたくさんの点滴や


 

人工呼吸器をつけられ、

 


静かに眠っていた。 

 

 

 

それが娘だとは

 

信じられなかったし

 

信じたくない娘の姿が

 

そこにあった。

 

 

 

 



生と死の狭間に

 

いるかのような、


  


血の気なく

 

眠っている娘がそこに

 

あったのだった。

 

 


 

 

点滴の中には

 


麻薬の成分も使われていて

 

退院後に受け取った

 

膨大な薬のリストの明細に

 

愕然とした。





 

 

 

今も時々この時の処置で

 

娘の身体にどんな影響が

 

残っているのだろうかと


 

胸が疼くこともある。

 


 

 

 


そんな処置をしなくても

 

よかったのではないか、

 

しない方が良かったのではと

 

思うこともないわけではない。



 

  

 

でもあの時、

 

あの場でした選択を受け入れ、

 

待つしかなかった。


 


 

 

インフルエンザに

 

かかっても構わないからと

 

娘のそばに居たかったが

 

それは叶わず

 


面会の時間はごく短時間に

 

制限された。

 

 

  

 

旦那さんと二人、

 

毎朝、近所の神社に祈る。

 

娘が生まれてから

 

1年あまりの

 

慌ただしい日々とは

 

あまりに対照的な

 

ゆっくりとした

 

静かな時間を

 

過ごすこととなった。

 

 

 

もちろんそこに

 

娘の姿はない。

 

 

 

 

どれほど悲しみに

 

明け暮れることに

 

なるのだろうかと

 

恐々としていたのに、

 

 

 

不思議なほど

 

静かで穏やかな時間が

 

流れていた。

 

 

 


 

私たちにできるのは

 

祈ることだけという中、

 

 



 

 

血管が浮き出し、

 

岩のようにゴツゴツと張って

 

凶暴な姿となっている

 

おっぱいだけが

 

私の代わりに

 

何かを叫んでいる

 

ようだった。

 

 

 

 



 

72時間の低体温療法の間、

 


面会は15分ほど。

 

 

冷たい娘の手を

 

そっと握る。

 

 

娘はどこにいるのだろう。

 

 

 

とてもそこに

 

娘がいる、とは

 

思えなかった。 

 

 

 

 


ゆっくりと静かな時間、

 

でも途方もなく長かった

 

72時間、

 

ようやく低体温療法が終了し、

 

MRIをとった結果を

 

説明されたのは

 

入院してから4日目の朝だった。

 

 

 

脳症の症状はないと

 

説明されて力が抜けた。

 

 

 

泣いたのかどうかも

 

記憶にない。

 

ただただそのことに

 

感謝した。

 

 

 

 


目を覚ました娘は

 

おっぱいを欲しがったが、

 

麻酔の影響が

 

完全に抜けるまでは

 

誤嚥の恐れがあるので

 

授乳はしばらく

 

できなかった。

 

 

 

面会時間は相変わらず

 

30分以内に制限されていて

 

柵のつけられた

 

ベッドから泣き叫ぶ

 

娘の姿に、後ろ髪引かれながら

 

部屋を後にする数日間。

  

 

ようやく娘は退院した。

 

好きなだけ

 

抱きしめることが

 

できるようになって

 

心から喜んだが、

 

 

 

 

退院してからも

 

しばらくの間

 

娘の顔からは

 

笑顔どころか、

 

表情が消えていた。

 

 

 

 

よほど精神的な深い

 

ダメージを負ったのではと

 

心配になった。

 

その心の傷が今もあるかは

 

わからない。

 

 

それでも徐々に

 

娘はいつもの表情を

 

取り戻していった。

 

 

 

 

 


娘の温もりを感じられる

 

ことはもちろんだったが、

  

笑顔だけが

 

至福なのではなく、

 

泣いていても、



 

怒っていても




 


 

「あなたがいて良かった」

 

 


と抱きしめていた。

 

 

 

 

笑顔でいることが

 

幸せの象徴だと

 

思っていたけれど、

 

 

 

すべての感情、

 

生きる表現の中に

 

至福が宿っている。

 

 

 

 


娘が眠らされている間、

 

私たちの間に不思議に

 

穏やかな時間が

 

流れていたのは、

 

 

きっと娘に抱きしめられ、

 

その温もりに

 

包まれていたのだろう。


 

 

  



 


私たちに様々な

 

感情が起こるのは、

 

揺さぶられるためでも

 

誰かを揺さぶるためでもなく、

 

 

 


あなた自身を通じて、

 

あなたとつながる存在から

 

 



 

「あなたがいて良かった」 

 

 

「あなたは、たからものだよ」

  

 

 

そう呼びかけられ

 

抱きしめられている

 

からだ。

 

 

 

 

 

片時も休むことなく

 

贈り届けられている

 

その贈り物を本当に

 

受け取ることができたなら、

 

 

 

 

きっとこの世界の

 

愛おしいあまたの

 

いのちたちに


 

 

 

「あなたがいて良かった」 

 

 

「あなたは、たからものだよ」

 

 


 

そう抱きしめる力を

 

自らの内に感じることが

 

できるはずだ。

 

  


 

 

 

ろっぺん

 




 



  

 


 


 



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