杉山 祐子
杉山 祐子

【Give one’s life】犀の角のようにただ独り歩め

2020/3/ 5配信


皆様


おはようございます。


スピリチュアルマスターアカデミー


副業公認スピリチュアルカウンセラー


杉山祐子です。


 


 


昨日は、高校生である息子の卒業式でした。


コロナの影響で、


来賓と在校生不参加という異例の卒業式。


当たり前と思っている日常は、


当たり前なことなど ひとつもなく、


ほんとに貴重なんだなぁと改めて思いました。


 


うちの娘と息子は、同じ高校に通っていました。


真宗大谷派の学校です。


すべてにおいて、「礼」ではなく「合掌」です。


授業の始まりと終わりも「合掌」なんですって。


高校で仏教を習えるって、私が習いたい笑。


 


子ども二人が高校卒業するまでは頑張ろう


シンママになって心に決めたこと。


なんとかここまで来れちゃいましたねー。


ありがたいことです。


 


 


メルマガのタイトル


「犀の角のようにただ独り歩め」は、


昨日の卒業式での理事長祝辞。


高校生への祝辞なので、とても分かりやすいので


ご紹介いたします。


 


「犀の角のようにただ独り歩め」は、


【スッタニパータ】という経典の言葉だそうです。


 


この言葉は、


サイの一本の角のように、独りで自ら歩みなさい


という意味です。


サイは単独で行動することが多いので、


犀の角という言葉は、孤独を意味します。


 


仏教が孤独を勧めることに


疑問があるかと思いますが、


人は他者とのつながりを求め、


それが断たれた状態を不安に思ってしまいます。


一人でいることが孤独の原因なのではなく、


周囲とのつながりを実感できない、


居場所を失ったと感じるからこそ


孤独を痛みとして捉えてしまいます。


そのような私たちに、この言葉は


孤独を怖れる必要はないと教えます。


 


仏教では、


苦しみの原因となる人間関係から離れる


という意味での孤独を勧め、


また善き友との出遭いを勧めます。


これは、


人と成るためにどちらも必要なことであるから。


ここでの友は、対人関係における友ではなく


自身を成熟へと導くものを友ということができます。


 


対人関係たけでなく、様々なつながりを自覚し、


その上で、孤独と向き合う時間は大切なことです。


それは、自分が本当は


何を求めているのかを知るためでもあり、


そのとき、友は孤独を支えてくれるでしょう。


そして、その中で


本当の自分に気づかせてくれる善き友と


出遭っていただくことを念願します。


 


 


いかがでしたでしょうか?


高校を卒業して何年も経っていますが笑


今からここから始めてみる。


孤独だなぁと思うときは、


「自分と向き合うお知らせ」と気づけばいい。


一番の善き友は「自分」ですからね。


 


ではでは。


 


 


 


 



 


 


 


 


 


 


 


 



  

 


 



 



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