藤原 恵津子

親からの無償の愛は覚えていない!?

2019/10/21配信


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皆様 こんにちは
可能性開花トレーナー藤原 恵津子です。


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さて、皆様が思い出せる一番昔の記憶っていつでしょうか?


小学校の低学年?
幼稚園のころ?
2歳、3歳ぐらいのころ?


記憶と言葉は密接に関連していて、言葉の発達が早かった人ほど幼いころからの記憶が残っていたりします。


 


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生まれたばっかりの赤ちゃんの頃、私たちは無償の愛を注がれます。


おっぱいをもらったり、抱っこしてもらったり、おむつを替えてもらったり、とにかく、そのころしてもらうお世話というのは、親が赤ちゃんに何かを期待してるわけではなく、ただただ赤ちゃんに対して世話をしてくれているということで、無償の愛の一つともいえますね。


人はこのように、自分で何もできない超依存の状態から、少しずつ大人に向かって自立を学んでいきます


人生最初の自立の機会、それはトイレットトレーニングです


それまでは、おしっこをしてもウンチをしても、叱られることもなく(むしろ褒められることもありますね)、おむつを取り替えてもらえるわけです。


ところが、トイレットトレーニングが始まる(その年頃になると)と、トイレでするよう要求されるようになり、うまくできないと叱られることがでてきます。
それだけではなく、ちょうどそのころには、生活に関するしつけが始まります。


人によって多少遅い早いはありますが、おおむね2,3歳ごろにはトレーニングされます


そしてこのころが、言葉が急速に発達する時期でもあります。ということは記憶が定着してくる時期なんですね


言い換えれば、それ以前の記憶は意識のレベルでは残らないんです


つまり、無償に愛を注がれていた時期の記憶は残らなくて、トイレットトレーニングをはじめとするしつけが始まり、叱られ始めた時期からの記憶が初めの記憶ということになります


無償の愛をたくさん注がれていたにもかかわらず、その記憶は残っていず、叱られ始めたその頃が原初の記憶になるわけです


無償の愛を注がれていたということを覚えていないということは
自分は親から愛されていない
親は私に愛情をかけてくれなかった
と思い込んでも仕方ないのかもしれません


前に何度も書いていますが、「愛情の受け取り方は器によるところが大きい」(下記参照)ということ、
そして、今日書いたように「覚えていないこと」
これらが原因となって、親の愛を信じることができず、自分は愛されていないと信じ込んでいる人が多いのです


そして、それによって、注がれた愛(今も注がれて続けている愛)をさらに受け取れていない(気づかない)という 思い込みの悪循環が起こってしまう一因にもなっています


人は、「愛が全くない状態では成長しない」ということが実証されています


少なくとも 皆様が今これを読める状態にまで成長しているということは、それがあなたの望んだ形かどうかは別として、十分に愛を注がれていたということに他ならないということです



参考までに
愛情の感じ方は心の成熟度に比例する



  

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