濱田預士之
濱田預士之

【020】ずっと探し続けてきた「なにか」

2019/10/15配信


こんにちは、マスターこと浜田義之です。




わたしたちの誰もが気づいているかどうかとは関係なく、
誰もがあるものを探し続けています。


 



自分自身を心の底から満たしてくれる、
【確かななにか】を探し続けているのです。


 



ですがそれがなんなのかがわかりません


 



わたしたちは本当は、なにを探し続けているのでしょう。


 



ずっと探していた【確かななにか】に繋がる、
マスターの【特別なご招待】をお届けします。


 



お待たせしました!東京での開催です。


 



詳細はこちら
https://www.reservestock.jp/events/ZWIwZWY0ZTBmZ


 


 


 


では、今夜のお話に入りましょう。


 


 


わたしたちの誰もが、普段意識していませんが、
自分を心の底から満たしてくれれる、
確かな「なにか」を捜し求めています。


 


人生とはまるで、この確かな「なにか」を見つける為の旅のようです。


 


気づいているか気づいていないかは関係なく、
誰もが探して求めている、
自分を心の底から満たしてくれる確かな「なにか」
それはいったいなんなのでしょう?


 


一年前のちょうどこの時期、
わたしは一ヵ月半にわたりインドの旅の中で、
それがなんだったのかに気づきました。


 


それは心の底から、魂が震える体験でした。


 


今夜はわたしたたちの誰もが捜し求める、
確かな「なにか」のお話です。


 


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【ずっと探し続けてきた「なにか」】


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一ヵ月半に渡るインドの旅が終わりに近づいた頃、
一緒に旅をしていた友人が、ふいにわたしにこんな質問をしました。


 


「マスターってたくさんのメンター(師匠)がいるじゃないですか」


 


「だけどマスターがメンターの話をするときは、
必ず座禅の老師の話が一番初めに出てきますよね」


 


「ということは、老師からは他のメンターとは違う、
特別な【なにか】を受け取っていると思うんですよ」


 


「それはなんですか?」って。


 


 


確かに。


 


わたしには何人もの素晴らしいメンターがいます。


 


なかには反面教師だったダメンター(笑)もいましたが、
多くは人間らしく、おちゃめで、誠実で、
子供のような純粋さがあって、素敵な人たちでした。


 


わたしは本当に素晴らしい師たちに恵まれていると思います。


 


そんな中でも、こころから恩を忘れない師がいます。


 


それが禅の老師です。


 


わたしが「師」について話すとき、
ほぼ必ず禅の老師の話題が出ます。


 


わたしは老師から、どんな特別なものを受け取ったのだろう?と
振り返ってみました。


 


そしてふいにわたしは、座禅の修行の中で、
わたしと老師との関係が、全く変わった瞬間のことを思い出しました。


 


老師はわたしに大変目をかけてくれました。


 


わたしは老師に尊敬と敬意を持って接し、
老師もわたしに尊敬と敬意を持って関わってくれました。


 


それはわたしにとって、武士と武士の魂が、
一期一会で出会うかのような、神聖で威厳のある、
荘厳な関係性がそこにあるのを感じていました。


 


だけどはじめからそうだったわけでは、勿論ありませんでした。


 


禅の修行のはじめ、わたしは老師に怒られないように
おどおどし、挙動不審な状態でした。


 


が、禅の修行をはじめて数日経ったある日、それが変わりました。



わたしの内に静かで威厳に満ちた神聖な「なにか」が目覚め、
溢れ出したのです。


 



戸を閉めるとき、
机を拭くとき、
庭を掃き掃除をするとき、
歩くとき、
食事をするとき、


動きや所作にわたしは没入していた。


 



それはとても深い、静かな充実感の体験であるとともに、
とても高貴で神聖な気持ちをわたしに感じさせました。


 


ひとつひとつの動作に尊敬と敬意を払う感覚。


 


武士のこころのような気高く、
関わるすべてのものに畏敬と敬意の気持ちを感じ。


 


武士の魂のような感じ。


 


茶道のようななめらかで美しい動き、
そこにわたしは「魂」が宿っているのを感じていました。


 


そこには美しさ、神聖さ、誇り高さ、気高さ、
静けさ、例えようのない深い充実感が溢れていました。


 


わたしは友人にこの話をしながら、
「自分の中にそんな「神聖さ」があるのを
思い出させてくれたのが老師なんだよ」と言っていました。


 


すると友人はこう言ったのです。


 


「老師はマスターに【仏性(ぶっしょう)】を見いだしてくれたんですね。」


 


その言葉を聞いてわたしはハッとしました。


 


そうだ、その通りだ!


 


歩くことや掃除をすること、日常の何でもないことの中に顕れる
あの神聖さは「仏性」だったんだ。


 


わたしが感じた、神聖で気高い魂は「仏性」だったんだって。


 


わたしは友人の質問に答える中で、このことに気付いたとき、
感謝とありがたさが、胸からわき上がるのを
押さえられなくなり、涙があふれそうになりました


 


老師は、自分のような人間にも、仏性があるのを見いだしてくれた。


 


老師はわたしに「仏性」、
つまり仏の魂があることを見いだしてくれ、
わたしは老師との関わりの中で、
自分の中にも仏性があることを思い出していたんです


 


このことに気付いたときはもう、胸がいっぱいになり感動でした。


 


自分の中にも仏性があったって気付くことができるなんて、
こんな素晴らしいことってありません


 


老師には生涯忘れることがない恩があると、ずっと感じていました。


 


よく世の中の成功や幸せの教えでは、
「感謝しましょう」という言葉を耳にします。


 


わたしは正直、感謝を述べるのは得意ではないと思っていました。


 


100%心がこもっていないと、
自分の中で嘘くさく感じてしまっていたのです。


 


ですが、老師が仏性を見いだしてくれたことに気付いたとき、
わたしが感じていた恩は、これ以上ないほどの
感謝の念だったことに気がついたのです。


 


自分の中に仏性があると知っていること。


 


こんな幸せで誇りに思うことはありません。


 


インドの旅でわたしは、数え切れないほどの固定観念が壊され、
日本ではけして得られなかった、数え切れないほどの
気づきと心境の変化、人生観の変化を体験しました。


 


だけどそんな中でも、老師が仏性を見いだしてくれたことを
理解できたことは、最高のサプライズなギフトだと思います。


 


わたしたちは気づいているか行かないかに関係なく、
だれもが「心の底から魂を満たしてくれる【なにか】」を
捜し求めています


 


そのなにかが自分の中の仏、仏性だったのです。


 


わたしは人の中に「仏性」があることを思い出すことを手伝える、
そんな人として生きていきたいと、この旅を通して思ったのでした。


 



11月、あなたの仏性に触れる特別なワークショップをやります。


 


あなたの中の神聖さ、静けさ、誇り高い魂に触れる、
特別なワークショップです。


 


詳細はこちらになります。
https://www.reservestock.jp/events/ZWIwZWY0ZTBmZ


 


あなたがずっと探していた、本当のあなたに触れてください。


 



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【今日のポイント】


わたしたちがずっと探していたものそれは、
内から溢れる静かで神聖で誇り高く気高く慈悲深い、それは「仏性」


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